アジアからガザ・キャラバンが12月2日出発。陸路にて7カ国を経由してトルコへ。トルコから海路。イスラエルによるガザ海上封鎖の突破を目指す。アジア・オセアニアから約20カ国、500人以上が参加。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

久しぶりにゆっくりと睡眠が取れた。朝食後に空港へと向かい、飛行機でイスファハンに。
イスファハンに昼過ぎに到着。先にフェローズとホテルにチェックイン。
 昼過ぎには、キャラバン隊が到着する予定であったが、途中のヤズなどで大歓迎を受けている為に、大幅に遅れているという。
 睡眠不足に悩まされている我々には有り難く、その間、十分な睡眠を取る。

IMG_0193.jpg


 7時近くになってようやくキャラバン隊がイスファハンに到着。着いて早々、ホテルのレストランで歓迎会。
 夜き惚れてしまうコーランの読唱のあと、イスファハン市長、知事に、イスラム教イマームに加えてキリスト教指導者、そしてかなりのマイノリティーとはいえ、現在もイスファハンに暮らすユダヤ教徒の代表たちがスピーチ。
DSCN1882 のコピー
    左から、イスファハンのキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の代表者たち

IMG_0219.jpg

IMG_0223.jpg

DSCN1889 のコピー
      イランと言えばカバブにライスです

IMG_0200.jpg
 イランにはアフガン難民が多い。彼らは、ハズラ族の人たち。ハズラはアフガンで唯一のシーア派を信仰する人たちです。

 この手の式典には、国を問わず、日頃の政治状況と権力関係がもろに反映されるものですが、それにしても、市長と知事の後のイマームのスピーチ終了後に、その多くが退席した地元有力者の態度は、あまりにも露骨でいかがなものかと思いました。

 とは言え、私はこんな些細なひとつの体験を持ち出して、西側が”民主化”の名の下にイランを叩く議論には組しません。
 イランに関して言えば、アメリカ発の断片の情報をフィルターにして批判的に見る見方が日本では多勢を占めているようですが、この国の現実を内在的に捉えた上でさらに踏み込んで議論する言説にとんと出会いはしません。
 何年か前のインパクションの”イラン”特集での、話が噛み合っていない板垣雄三氏のインタビュー記事を思い出しました。その中で、氏が”革命”の継続地としてのイランを繰り返し強調されていた事を思い出します。
 

 明日は、もう一日、ここイスファハンに滞在し、休養がてらの観光を予定しているとの事ですが、嫌な予感がしています。そして、このような団体行動の場合、大抵それは当たってしまうものです。予定に振り回されて、逆に疲れてしまう。いやいや、このブログがリアルタイムで書けていない以上、結果はすでにしっていて、その通りであったと書くべきなのですが。

 しかし、ブルーモスクは必見。明日は市内を観光です。


 

【2010/12/23 15:16】 | 未分類
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。