アジアからガザ・キャラバンが12月2日出発。陸路にて7カ国を経由してトルコへ。トルコから海路。イスラエルによるガザ海上封鎖の突破を目指す。アジア・オセアニアから約20カ国、500人以上が参加。
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すいません。本当は1月7日に終わっているキャラバン。写真の整理とアップも全く進んでいない。今回のガザ支援キャラバンは、ひたすら移動の連続だった。だから始めに他の参加者に比べて旅の経験がある小生が忠告したのだが、キャラバンの中心メンバーのインド人の”どうにかなるさ”に流されしまった。だから次は過程をそこに暮らす人達とより親密な時間が取れるよう妥協はしない。イランの首都テヘランを出て続く上り道、トルコ国境を越えても続きます。

 今回のルートは首都アンカラ、イスタンブールへ向かうのではなく、トルコの受け入れ団体IHHの計らいでクルド系やアラブ系の多い西南部を旅しました。

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 これが歓迎会会場のトルコの街の何処にでもひとつはある青年スポーツセンターです。以後、トルコでの滞在はほぼこのような場所で雑魚寝しました。それで良いんです。それでも上等なのです。インドは階級社会で、今回の参加者にはそれこそアウトカーストのダリッドからハイソな方々までいて、その何とも時代錯誤的優雅さで暮らすハイソな人達そして大きのイランでの国賓待遇の影響で参加者の中には、何者かにでも成った様な勘違いが始まっている者達もいて、そんな参加者のエ偉く成りぶりを横目に、ふふっとひと笑い、これで良いのだ、の爽快な気分でした。


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様々な人々それぞれの持て成し方はあれど、アジアの人々の持てなしは、特に田舎に行くほど優しい。こうやって横断幕を掲げ、子供から老人まで男性、女性を問わず勧化ししてくれます。少し前のイランのコムの写真で別れ際にフード付きの上着を被った太った男の像は今でも瞼を閉じればはっきりと思い出します。

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 今回、トルコでの全行程をリードしてくれたハッサン。彼もクルド系トルコ人の一人です。

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 真ん中に立つのはマレーシアのノルディン。その風貌と激しいアジテーション、自ら笑いながらマレーシアン•タリバンと紹介したりしていました。外見に寄らず、マレーシア州議員を目指す政治家です。


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 キャラバンで出会ったお茶目な女の子たちが全体にひとつになって思い出す事があります。


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 昨年の5月31日ガザへ向かうガザ自由船団が、”公海上”でイスラエル海軍に攻撃されました。9名のトルコ系の人が殺されました。黒衣を被った女の子の父親です。墓参りをしました。感傷を排しても私は忘れません。同じガザやパレスティナを支援する者のひとりとして。

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 最後にお父さんと娘さんです。

【2011/04/04 16:53】 | 未分類
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