アジアからガザ・キャラバンが12月2日出発。陸路にて7カ国を経由してトルコへ。トルコから海路。イスラエルによるガザ海上封鎖の突破を目指す。アジア・オセアニアから約20カ国、500人以上が参加。
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 アジア的な歓待とポストコロニアル的な時には滑稽さを伴う儀式によりスケジュールは常に大幅に遅れる。おまけにインドのデリーから延々と陸路により移動。途中、印パ国境の問題もあり他のメンバーは空路の移動を余儀なくされたりしたが、幾つかの理由もあり、私ひとりが何故だかここまで延々、途中、列車での旅を含めて陸路で移動を続けている。歓迎会、儀式、スピーチ、移動そして移動。儀式、儀式、案内、そして移動、移動、移動。だから目的地に着くのは決まって深夜を越えた。そここから時には、さらにアジア的というべきか半分皆が眠気眼のインド的な話し合いが続く。

 
 12月4日にインドのデリーを出発したアジアキャラバンもいよいよ最終章に突入する。レバノンからシリアに戻れば後は、ガザ入国に当たり医療品や食料品などの救援物資を積み込むシリア北部の港町ラタキアに向かうのみ。ラタキアを貨物船で出発すれば、エジプト/ガザのラファ国境手前の港町アル•アリーシュに向かう。トップページの左上段に、今回のキャラバンの際、日本人参加者募集を呼びかけたPDFチラシが掲載されているが、その地図にあるよう、当初のルートではトルコのイスタンブールから船をチャーターしそのままガザへと向かう予定だった。しかし、アジアキャラバンから半年前のガザ自由船団のマブィ•マルマラ号への9名の死者を出した攻撃。イスラエルは間違いなくガザ入港を目指す支援船に対しては、あらゆる国際法を無視して攻撃を仕掛けてくるのは見えている。アジアキャラバンの船は一隻のみであり、イスラエルの弾圧に晒されても国際的なインパクトが弱い事。そして、アジアキャラバンとしては初の試みである事。さらに、国際的な直接行動の調整事項は多岐に渡り、時間的な関係で、トルコ側で船のチャーターをも含め調整しきれないなどの理由が重なった結果、最終的なコースはシリアのラタキアからエジプト•アル•アリーシュ、そしてラファ、ガザへと相成った。

 下にラタキアへ向かう途上の写真、ラタキアのダウンタウンの市場やパレスティナ人難民キャンプのあるアル•ラメル地区の写真を入れたが、ご存知の通り、シリアは<アラブの春>による1月の民衆蜂起以来、アサド政権の激しい弾圧に晒されながらも今、現在に至るまで民主化を求めて果敢な闘いを続けている。
 蜂起以来の死者は4000人、拘束者は40000人を数える。特にイスラム教徒の断食月であるラマダン期に入り、アサド政権による武力弾圧はさらに過酷を極め、ラタキアでは戦車部隊による攻撃に加えて、軍艦による砲撃も加えられた。
 
 取材の為、シリア国内の何人かの活動家から話しを聞いたが、パレスティナ難民キャンプがありシリア人の労働者階級も多数居住するアル•ラメル地区は、攻撃の為にほぼ全住民が近隣の村々に逃げた結果ゴーストタウン化したとの事だ。現地で知り合ったパレスティナ人家族の安否が心配で連絡を取りたいのだが、アサド政権は武力弾圧に加えて、ネット空間をも含めてサイバー弾圧も徹底して行っている為、安易な連絡は取らない方が良いと言う。その結果いまだ安否さえ分からない。

 写真の掲載は控えるが、今回のキャラバンには、アラブ民主化、<アラブの春>と囃し立てながら、アメリカを中心にしたダブル•スタンダーにより放置され、大弾圧にさらされながら未だ民主化を求めて闘うバーハーレンからの参加者もいた。その参加者のひとりは以前に政治犯として7年間獄中に入れられていた。

 だから、どうかこれを読んでくれている皆さん。時には、半ば<終わっている>大手マスコミの報道など相手にせず、時には、インターネット等でこれらの国々の声に耳を傾けて頂きたい。詳論は敢えてここには書かぬが、日本が曲がりなりにも今の暮らしを獲得していく事実に少しでも思いを馳せば、決して遠い、対岸の火事であろう筈がない。歴史的に第一次世界大戦の”戦勝国”であった日本は英•仏を中心とした中東分割を決めるサンレモ会議に参加している。
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ラタキアのダウンタウンの市場。こいつやあんちゃんやはにかんでいた子供達も武力弾圧に晒されている渦中にいる。

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真ん中のきれいな女の子はインド•ボリウッドの映画女優。その右隣はもうひとりの日本人参加者の美馬さん。

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   ラタキアの街でパレスティナ解放を求めてのデモ

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 反原発の山本太郎が騒がれ、そのくせ、テレビのブラウン管では日頃、大言壮語しながら未だ、自己保身の為に何一つ言えない日本の芸能人とは決定的に違い、芸能人であろうが学生であろうが音楽家であろうが、違うと思うことに対して当たり前に行動を起こす。

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      思いに、そして行動に国境などない。


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   アル•ラメル地区の最初のパレスティナ難民キャンプ


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 難民キャンプの質素な集会場でパレスティナ人達は歓迎会を開いてくれた。ラタキア市内で唯一、アル•ラメル地区のみが一日4、5時間の停電が当たり前だとの事だった。

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【2011/09/10 00:44】 | 未分類
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